4.人夫三十五人の片棒を担ぐ


 

  大町3丁目善勝寺の庭にある梵鐘は伊達(現福島県伊達郡)の某所で鋳たものであるが、これを伊達から米沢に運ぶとき、板谷峠に差し掛かった。人夫三十五人にこれを担がせ、恵秀がこれを宰領して来た。いよいよ峠に差し掛かると人夫共は「人夫を倍に増やしてください、でなければこの峠はとても越す事が出来ません」という、すると恵秀は「人夫を増やす必要はない、俺がその人夫の代わりを務めるから貴様等は全員で先棒を担げ」といって自分1人で後棒を担いだ。そして楽々と歩いて行く、上り道になると35人の前棒を担いで歩いた。人夫が汗だくでへとへとに披露したが、恵秀は少しも疲れた様子が見えなかったという。この時以来、彼を「三十五人力」と称する様になった。これは恵秀がまだ20歳以前の時であったという。この梵鐘が近年まで残っていたが惜しいかな、大正六年の大火の折りに焼失してしまった。

 

 

 大力和尚恵秀にあやかり境内にある恵秀の墓へ三度お参りすると、三十五人力のご利益があります。